チッタビリティニローダハー 心の作用を止滅することが、ヨーガである。南大沢 kAKOYOGAより
ヨーガとは、チッタビリテイニローダハーである。これはサンスクリットだ。
意味は心の作用を止滅することがヨガである。
ヨーガという言葉は、結合を意味する。では、何と何を結合させるのか?
心と魂と体の結合を意味している。
チッタとは、心の総称である。アハンカーラ(我慢)、自我と呼ばれるもの、自分自身の気持ちと考えていいかもしれない。自我がブッディ(覚り)と呼ばれる知性、つまり様々なことを識別する能力を発生させる。もうひとつのレベルはマナス(意)と呼ばれ、これは心の中の欲望を表す部分で、これがいろいろな感覚を通じて外界を通じて下界の事物に引き寄せられる。
例えば、あなたがひとり静かに窓辺に座り、ゆったりとくつろいでいたとしよう。
そこに美味しい料理の匂いが鼻をくすぐるとしよう。その瞬間、マナスが「どこからかいい匂いがしてくる」とキャッチし、ブッディが「これは美味しいパエリヤの匂いだ」と識別する。
そうすると、アハンカーラが「では、食べたい」と思う。これがチッタビリティだ。心の作用だ。
この気持ちの変化が、いっぺんに起こる。すると、食べたいという欲望が起こり、食べないと心の平安が乱される。
下界に見るもの全て、心の作用の所産である。この心の作用をなくすことで、心の平安がもたらされる。
下界の全ては、あなたの思考と心理的態度に基づいている。そう考えると、世界はすべて、あなたの心の投影だといえる。
「人は心なり。束縛あるいは解脱は汝自身の心中にあり」。
もし、あなたが束縛されていると感じるなら、束縛されている。
もし解放されていると感じるなら、解放されている。
下界の事物は、あなたを束縛もしないし開放もしない。それは、あなたがそれらに向ける態度にかかっている。
12月5日逝去したマンデラ大統領は、27年間、牢獄に入れられていた。しかし、彼の心は自由であった。大統領になった後も、「白人支配も黒人支配にも反対する」といい、高邁な人格の力で人種融和を見事に実現した。
1993年にはノーベル平和賞を受賞している。
マンデラ氏は、牢獄にあっても、心は自由であったのだろう。体は束縛できても、その心は束縛できなかったのだ。
まさにチッタビリティ二ローダハーだ。心の作用を止滅しているのだ。
この世の何ものも、あなたを縛ることはできないのだ。
ヨーガはア-サナをとることにより、また、深い呼吸をとることにより、心にフォーカスしていく。
こころは見えないから、体を整えることで、心まで開放することができる。
まさに、「心こそ大切なれ」だ。
これを読んだあなたの解釈、感想をお聞きしたいものだ。あくまで、私の解釈なので。